部署間連携と創造性を高めるオフィス「サードプレイス」の効果と事例
部署間の壁を越え、新しいアイデアを生む「場」の可能性
大企業においては、組織の拡大とともに部署間の連携が難しくなったり、特定のチーム内で情報が閉じてしまったりといった課題がしばしば見られます。また、長年培われた企業文化の中で、新しい発想や異分野間のコラボレーションが生まれにくいと感じることもあるのではないでしょうか。これらの課題は、社内のコミュニケーション不足や、組織の活性化の妨げとなる要因となり得ます。
特に人事・組織開発のご担当者様としては、硬直化した風土を打破し、社員がより自由に意見交換し、偶発的な出会いから新たな価値が生まれるような「場」をどうデザインするかが重要なテーマの一つかと存じます。
本稿では、こうした課題の解決策として近年注目されている、オフィスにおける「サードプレイス」の概念とその効果、そして具体的な導入事例や運用のポイントについて掘り下げていきます。物理的な「場」の力が、組織のコミュニケーションと創造性をどのように変えうるのか、そのヒントをお届けできれば幸いです。
オフィスにおける「サードプレイス」とは何か?その重要性
サードプレイスとは、社会学者のレイ・オルデンバーグ氏が提唱した概念で、「自宅(ファーストプレイス)でも職場(セカンドプレイス)でもない、心地よい第3の居場所」を指します。カフェや公園、図書館などがこれに該当します。
この概念をオフィス内に持ち込んだのが、オフィスにおけるサードプレイスです。これは単なる休憩スペースではなく、社員が部署や立場を超えて偶然に出会い、非公式なコミュニケーションが自然発生的に生まれることを目的とした空間です。例えば、カフェテリア、リラックスできるラウンジエリア、カジュアルな打ち合わせスペース、図書館のような静かな読書エリアなどが挙げられます。
なぜオフィスにサードプレイスが必要なのでしょうか。それは、従来のオフィス環境が「自分のデスク」というセカンドプレイスに偏重しがちであり、フォーマルな会議室以外での自由な交流が生まれにくい構造になっている場合が多いからです。サードプレイスは、以下のような効果をもたらします。
- 偶発的なコミュニケーションの促進: 意図しない相手と思いがけない会話が生まれ、情報やアイデアの交換が進みます。
- 心理的安全性の向上: リラックスした空間での交流は、社員間の心理的な距離を縮め、気軽に話せる関係性を築きます。
- 創造性の刺激: 日常業務から離れた空間で、多様なバックグラウンドを持つ人々と触れ合うことで、新しい発想が生まれやすくなります。
- 柔軟な働き方の支援: 気分転換や集中したい時など、目的に合わせて働く場所を選択できる環境を提供します。
- エンゲージメント向上: 居心地の良い空間は、オフィスへの愛着や企業への貢献意欲を高めることに繋がります。
サードプレイスが解決するターゲット読者の課題
オフィスにサードプレイスを導入することは、まさに人事・組織開発担当者様が直面する様々な課題に対する有効なアプローチとなり得ます。
- 世代間・部署間のコミュニケーション不足: サードプレイスは、普段一緒に働かない社員同士が自然と交流する機会を提供します。ベテラン社員と若手社員が偶然隣り合わせになり、仕事のことやプライベートなことを気軽に話す。部署間の壁を越えて、他部署のプロジェクトについて立ち話をする。こうした非公式な交流が、相互理解を深め、組織全体の風通しを良くします。
- 新しいアイデアが出にくい風土: 固定された席や部署ごとの島型対面配置では、思考が固定化しがちです。サードプレイスは、働く場所や一緒にいる相手を変えることで、脳に新しい刺激を与えます。リラックスした環境でのブレインストーミングや、他部署の視点を取り入れた議論が、革新的なアイデアの創出を促します。
- 硬直した組織文化: 働く「場」の多様性は、組織の文化にも変化をもたらします。カジュアルな空間は、従来のかしこまったコミュニケーションスタイルを和らげ、よりオープンでフラットな関係性を築く土壌となります。これは、心理的安全性を高め、多様な意見が受け入れられやすい風土の醸成に繋がります。
もちろん、サードプレイスの導入だけで全ての課題が解決するわけではありませんが、組織文化やコミュニケーションを活性化させるための強力なツールの一つとなり得ます。
具体的なサードプレイス導入事例に見る効果と工夫
ここでは、いくつかの企業におけるサードプレイス導入の事例をご紹介します。(※企業名は特定の企業を指すものではありません。一般的な事例として捉えてください。)
事例1:大手金融機関A社 - 交流とリフレッシュを兼ねたカフェラウンジ
- 課題: 厳格なオフィス環境と部署間の縦割り意識が強く、社員間の連携不足や閉塞感が課題でした。
- 施策: フロアの一角に本格的なカフェと、ソファ席や大小様々なテーブルを配置した広々としたラウンジスペースを設置。専門のバリスタを常駐させ、高品質なコーヒーを提供。簡単な食事もできるようにしました。
- 効果: 休憩時間だけでなく、カジュアルな打ち合わせや、業務の合間のリフレッシュに利用されるようになりました。特に、これまで接点の少なかった部署の社員同士が、コーヒーを片手に情報交換する様子が見られるようになり、部署間の連携強化に貢献。社員アンケートでは、リラックス効果による生産性向上を実感する声も多く聞かれました。
- 費用対効果に関する示唆: 初期投資は大きかったものの、社員の満足度向上や社内コミュニケーションの活性化が、長期的な組織力強化に繋がるという判断でした。外部のカフェを利用する社員が減ったことによる時間効率向上も副次的な効果として挙げられます。
事例2:成長IT企業B社 - 目的に応じた多様な「働く場」としてのサードプレイス
- 課題: 急速な組織拡大に伴い、社員間の相互理解が追いつかず、チーム以外の交流が不足していました。また、プロジェクトによって最適な働き方が異なるため、固定席では非効率な場面がありました。
- 施策: オフィス全体をアクティビティベースドワーキング(ABW)の思想に基づき設計。集中ブース、ミーティングに適したカジュアルエリア、リラックスしてネットワーキングができる広場のようなスペースなど、多様なサードプレイスを整備しました。フリーアドレス制と組み合わせ、社員がその日の業務内容や気分に合わせて働く場所を選べるようにしました。
- 効果: 部署やプロジェクトを超えたメンバーが自然と同じ空間で働くようになり、情報交換が活発化。偶発的な会話から新しいプロジェクトのアイデアが生まれるケースも出てきました。また、それぞれの社員が集中できる、あるいはリラックスできる場所を選べるようになったことで、生産性や働きがいが向上しました。
- 費用対効果に関する示唆: ABW全体の設計費用はかかりましたが、オフィスの有効活用と社員の生産性向上、採用競争力強化といった点で投資対効果を感じています。
事例3:製造業C社 - 既存スペースを活用したコミュニケーションハブ
- 課題: 古いオフィスビルで、部署間の物理的な距離があり、コミュニケーションが形式的になりがちでした。大きな改修予算を確保するのが困難でした。
- 施策: 使用頻度の低かった会議室や、デッドスペースになっていた共用部の一部を改修。温かみのあるソファやテーブル、観葉植物などを設置し、誰でも気軽に立ち寄れる休憩・交流スペースにしました。簡単なドリンクサーバーも設置しました。
- 効果: 予想以上に多くの社員が利用するようになり、特に部署を跨いだ先輩・後輩が気軽に話す姿が見られるようになりました。昼食を一緒に取るグループが増えたり、業務時間中に短時間立ち寄って雑談したりすることで、人間関係が円滑になり、部署間のちょっとした相談もしやすくなったという声が聞かれました。
- 費用対効果に関する示唆: 大規模な工事は避け、既存設備や家具を工夫して活用することで、比較的低コストで実現しました。コストは抑えつつも、社員間のつながりを深め、風通しの良い組織風土を作る上で一定の成果を上げています。
これらの事例からわかるように、サードプレイスの形態や規模は様々ですが、共通しているのは「非公式な交流を促進する」という明確な目的意識を持って設計・運用されている点です。
オフィスサードプレイス導入・運用のポイント
サードプレイスを単なるおしゃれな休憩スペースで終わらせず、組織の課題解決に繋がる効果的な「場」とするためには、いくつかのポイントがあります。
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目的の明確化とニーズ把握:
- どのような課題(例:部署間連携、世代間交流、アイデア創出)を解決したいのか、目的を明確にします。
- ターゲットとなる社員層(部署、年代、職種など)の働き方やニーズ、求める空間の雰囲気などを事前に把握することが重要です。アンケートやヒアリング、ワークショップなどを実施すると良いでしょう。
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設計・空間づくりの工夫:
- 居心地の良さ: リラックスできる家具選び(ソファ、クッションなど)、温かみのある照明、観葉植物の配置などが効果的です。カフェのようなBGMも雰囲気を高めます。
- 多様な機能: 一人で集中できるブース席、数人でのカジュアルな打ち合わせに適したテーブル席、大人数での交流が可能なオープンエリアなど、異なる目的で利用できる多様なスペースを設けると、より多くの社員が利用しやすくなります。
- アクセス性: 誰でも気軽に立ち寄れるよう、動線の良い場所に設置するのが理想です。
- テクノロジー: Wi-Fi環境の整備はもちろん、電源や充電スポットの設置は必須です。プロジェクターやモニターがあれば、簡単な情報共有や打ち合わせにも活用できます。
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運用上の工夫と組織文化との連携:
- 利用ルールの設定: 誰でも気持ちよく利用できるよう、基本的なルール(例:利用時間、飲食に関する注意、音量など)を設けますが、過度に厳格にしすぎると利用を妨げる可能性があります。
- 清掃と管理: 常に清潔で整頓された状態を保つことが、居心地の良さや利用頻度に大きく影響します。
- イベント連携: サードプレイスを活用した社内イベント(例:ランチ交流会、カジュアルな勉強会、リラックスヨガなど)を企画・実施することで、自然な交流をさらに促進できます。
- トップの理解と利用促進: 経営層や管理職が積極的にサードプレイスを利用し、その重要性を発信することで、社員の利用を促しやすくなります。
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費用対効果の視点:
- 大規模な投資が難しい場合は、既存の会議室やリフレッシュスペースを改修するなど、スモールスタートや段階的な整備も検討できます。
- 投資対効果を測る際は、目に見えるコストだけでなく、社員のエンゲージメント向上、生産性向上、採用や離職率への影響など、定性的な効果や中長期的な視点も考慮することが重要です。
まとめ:物理的な「場」の力で組織を活性化する
本稿では、オフィスにおけるサードプレイスが、部署間の壁や世代間ギャップによるコミュニケーション不足、そして新しいアイデアが出にくいといった組織の課題に対し、どのように効果を発揮するのか、その概念から具体的な事例、導入・運用のポイントまでを解説いたしました。
サードプレイスは、社員が部署や立場を超えて自然に繋がり、偶発的な会話から創造性を刺激する、物理的な「場」の力を持つ施策です。大手企業から成長企業まで、様々な規模や業種の企業がそれぞれの目的に合わせてサードプレイスを導入し、コミュニケーション活性化や組織風土の改善に繋げています。
すぐに大規模なオフィス改修が難しくても、既存スペースの活用や家具の工夫によって、サードプレイスの考え方を取り入れることは可能です。ぜひ本稿で紹介した事例やポイントを参考に、貴社におけるコミュニケーションの場づくりと組織活性化の一歩を踏み出すヒントとしていただければ幸いです。