部署・世代の枠を超えた視点獲得を促すコミュニケーション場づくり
組織の硬直化を防ぐ「多様な視点獲得」の重要性
大企業において、組織のサイロ化や部署間の壁、世代間の価値観の違いは、古くから存在する課題です。これらの壁は、情報や知識の流通を滞らせるだけでなく、個々人の視点を固定化させ、結果として新しいアイデアや組織の変化への適応力を阻害する要因となります。
特に人事・組織開発に携わる管理職の皆様は、こうした課題に対して、どのように社員間のコミュニケーションを活性化し、組織全体の視野を広げ、新たな価値創造を促すかについて日々検討されていることと存じます。
「新しいつながりLab」では、世代や背景を超えたコミュニケーションの場づくりを通じて、組織の課題解決に繋がるヒントを提供しています。本稿では、組織内に多様な視点を取り込み、硬直化を防ぎ、イノベーションを育むためのコミュニケーション場づくりについて、具体的なアプローチと事例、導入のポイントを解説します。
なぜ「多様な視点」が組織を活性化するのか
多様な視点が組織にもたらすメリットは多岐にわたります。
- イノベーションの促進: 異なる経験や知識、価値観が交わることで、既存の枠にとらわれない発想やアイデアが生まれやすくなります。
- 問題解決能力の向上: 多角的な視点から問題を分析することで、より本質的な課題が見つかり、有効な解決策を見出す可能性が高まります。
- 変化への適応力強化: 外部環境の変化に対し、多様な視点を持つ組織はより柔軟かつ迅速に対応できます。
- 社員のエンゲージメント向上: 自身の属するチームや部署だけでなく、組織全体への視野が広がることで、貢献意識やエンゲージメントが高まります。
しかし、意図的に多様な視点を取り込む機会を作らなければ、社員は日々の業務に追われ、自身の専門分野や所属部署の範囲内で思考が固定化しがちです。だからこそ、「多様な視点獲得」を目的としたコミュニケーションの場づくりが不可欠となるのです。
多様な視点獲得を促すコミュニケーション場づくりの具体的なアプローチ
多様な視点を組織内に取り込むためのコミュニケーション施策には、様々なアプローチがあります。ここでは、ターゲット読者である人事・組織開発担当者の皆様が、自社でも検討しやすい具体的な手法をご紹介します。
アプローチ1:異質な知との接点を作る
自身の専門外や所属部署では得られないような、新しい情報や知識に触れる機会を意図的に設けるアプローチです。
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社内勉強会・ワークショップのテーマ多様化:
- 目的: 部署や職種の垣根を超えた知識・スキルの共有、異分野への関心喚起。
- 具体的な実施: 担当部署やテーマを固定せず、様々なバックグラウンドを持つ社員が講師や参加者となる機会を設けます。技術、マーケティング、営業、人事、経理など、通常は関わりの少ない部署の業務内容や最新動向を紹介し合う勉強会、共通の課題に対し異なる部署の視点でディスカッションするワークショップなどが有効です。
- 導入のポイント: 参加者にとって魅力的なテーマ設定、参加しやすい時間・場所の提供(オンライン併用)、発表者へのインセンティブ付与なども検討します。
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外部との交流機会の奨励:
- 目的: 社外の知見や業界の動向を取り込む、新しい視点や刺激を得る。
- 具体的な実施: 異業種交流イベントや外部セミナーへの参加費補助、参加後の社内報告会の実施など。特に、普段外部との接点が少ない部署の社員に積極的に参加を促します。外部講師を招いた社内セミナーも有効です。
- 費用対効果: 外部イベント参加には費用がかかりますが、得られる知見やネットワークが新しいビジネスチャンスや組織改善に繋がる可能性があります。報告会形式にすれば、参加者一人分の投資で多くの社員が学びを得られます。
アプローチ2:立場・役割を超えた対話を促す
通常の組織構造や人間関係では生まれにくい、異なる立場や役割を持つ社員同士の対話を意図的に促すアプローチです。
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社内メンター制度の発展形:
- 目的: 異なる経験・視点を持つ者同士の相互理解、キャリア観の広がり、非公式な情報交換。
- 具体的な実施: 通常の世代間メンターに加えて、部署、職種、勤続年数などを意図的に異ならせた組み合わせを推奨します。例えば、開発部門の若手社員と営業部門のベテラン社員、管理部門の中堅社員と企画部門の若手社員など。メンター・メンティー双方に学びがあるような組み合わせを設計します。
- 導入のポイント: 制度設計と同時に、メンター・メンティーに対する事前研修や、定期的なフォローアップが重要です。心理的安全性を確保し、評価に直接紐づけない配慮が必要です。
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物理的・仮想的な交流空間の活用:
- 目的: 偶然の出会いと立ち話、非公式な情報交換による視野の拡大。
- 具体的な実施: 部門を越えたフリーアドレス制の導入、社員食堂や休憩スペースのレイアウト工夫(異なる部署の社員が自然と座れる配置)、オンラインツール上の仮想オフィスや、非公式な雑談用チャンネルの設置など。
- 費用対効果: フリーアドレス化やレイアウト変更には初期投資が必要ですが、長期的な視点で見ればコミュニケーションの活性化による効果が期待できます。オンラインツールであれば低コストで導入可能です。大手企業では、本社オフィスの移転・改修を機に、部門横断的な交流を促す空間設計を行う事例が多く見られます。
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クロスファンクショナルプロジェクトの推進:
- 目的: 共通目標達成に向けた、部門横断的な協働による視点共有と相互理解。
- 具体的な実施: 新規事業開発、業務改善、CSR活動など、特定のテーマに対し複数の部署からメンバーを集めたプロジェクトチームを組成します。それぞれの専門知識や経験を持ち寄り、議論を深める過程で自然と多様な視点に触れることになります。
- 導入のポイント: プロジェクトの目的と範囲を明確にし、メンバーの選定と役割分担を適切に行います。プロジェクトマネージャーのファシリテーション能力が成功の鍵となります。
アプローチ3:経験・知見を共有する仕組みづくり
個人的な経験や部署内の知見を組織全体に共有し、他の社員がそれに触れる機会を作るアプローチです。
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社内ナレッジ共有プラットフォームの活用:
- 目的: 部署や個人の知見を組織全体で共有し、互いの業務理解を深める。
- 具体的な実施: 社内Wiki、ブログツール、Q&Aフォーラムなどを活用します。成功事例だけでなく、学びのあった失敗談や、特定の業務に関するノウハウなどを積極的に投稿することを奨励します。コメント機能などを活用し、投稿内容に関する議論を促すことも重要です。
- 費用対効果: 既存のグループウェア機能で対応できる場合も多く、比較的低コストで始められます。投稿を評価する仕組み(「いいね」やコメント数、社内ポイントなど)を設けることで、利用を促進できます。
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社内podcastや動画コンテンツの制作・配信:
- 目的: 異なる部署の業務内容や、社員の個人的な興味・関心を視覚的・聴覚的に共有し、共感や新たな視点に繋げる。
- 具体的な実施: 社長や役員へのインタビュー、各部署の業務紹介、特定のプロジェクトの舞台裏、社員の趣味や特技に関する情報発信など、多様なコンテンツを制作します。通勤時間や移動時間などに気軽に視聴できるため、多忙な社員にもリーチしやすいのが特徴です。
- 費用対効果: 制作には手間がかかりますが、一度作成すれば繰り返し利用可能です。スマートフォンなど身近なツールで制作を始めることもできます。情報発信部署(広報など)と連携し、社員を巻き込む形でコンテンツを制作するのも良いでしょう。
導入・運用のポイントと費用対効果に関する示唆
多様な視点獲得を目的としたコミュニケーション場づくりを成功させるためには、いくつかのポイントがあります。
- 目的と期待する効果の明確化: なぜ多様な視点が必要なのか、この取り組みを通じて組織の何を変えたいのかを明確にし、関係者と共有します。
- トップのコミットメント: 経営層や管理職が率先してこうした場に参加したり、重要性を発信したりすることで、社員の参加意欲を高めます。
- 推進体制の構築: 誰が責任を持ち、どのように施策を企画・実行・運営していくのかを明確にします。人事部だけでなく、広報部や各部署の協力を得ることも重要です。
- 心理的安全性の確保: 異なる意見や立場であっても安心して発言・交流できる雰囲気づくりが最も重要です。失敗談の共有なども含め、ポジティブな姿勢で参加を促します。
- 参加へのインセンティブ: 業務時間内の参加を認める、貢献を評価する仕組みを作るなど、社員が参加しやすい環境を整えます。
- 効果測定と改善サイクル: 直接的なROI測定は難しいケースが多いですが、参加者アンケート、交流後のアイデア創出数、社内エンゲージメントサーベイの結果などを継続的に測定し、施策の改善に繋げます。低コストで始められる施策(シャッフルランチ、小規模な勉強会など)から試行し、効果を見ながら拡大していくアプローチも現実的です。
大手企業の中には、これらのアプローチを組み合わせ、全社的なコミュニケーション戦略として推進している事例が多く見られます。例えば、定期的な役員と社員のタウンホールミーティング、部門横断プロジェクトへの積極的なアサインメント、知見共有プラットフォームの全社展開などが挙げられます。重要なのは、単発のイベントで終わらせず、組織文化の一部として多様な視点を取り込む取り組みを定着させることです。
まとめ
今日の予測困難なビジネス環境において、組織の適応力とイノベーション創出は不可欠です。そのためには、組織内のコミュニケーションを活性化し、部署や世代の壁を越えて多様な視点を取り込むことが極めて重要となります。
本稿でご紹介したような、異質な知との接点作り、立場・役割を超えた対話促進、経験・知見共有の仕組みづくりといったアプローチは、いずれも多様な視点獲得を促す有効な手段です。
まずは自社の課題や文化に合った施策を選定し、小さく始めることから検討されてみてはいかがでしょうか。これらの取り組みが、組織の硬直化を防ぎ、新しいアイデアが生まれやすい風土を醸成し、社員一人ひとりの成長と組織全体の活性化に繋がることを願っております。
「新しいつながりLab」では、これからも組織のコミュニケーションに関する様々な情報や事例を提供してまいります。ぜひ、今後の記事もご参照ください。