部署間の壁を越える越境学習・他部署体験活用術
部署間の壁を越える鍵:越境学習・他部署体験の可能性
大企業において、部署間の連携不足やサイロ化は長年の課題として認識されています。また、組織の硬直化や新しいアイデアが出にくい風土は、変化の速いビジネス環境において競争力を削ぐ要因となり得ます。人事・組織開発担当者として、これらの課題に対し、従業員一人ひとりの視点を広げ、相互理解を深めるための具体的な施策を検討されている方も多いのではないでしょうか。
そこで注目されているのが、「越境学習」や「他部署体験」といったアプローチです。これらは単なる研修とは異なり、従業員が自身の所属部署や現在の業務範囲を超えた環境に身を置くことで、新たな知識やスキル、視点を獲得し、組織全体の活性化につなげることを目指します。
この記事では、越境学習・他部署体験がなぜ部署間の壁を越え、組織風土を改善する有効な手段となり得るのかを解説し、具体的な導入・運用方法や、費用対効果に関する示唆、そして他社の活用事例をご紹介します。
越境学習・他部署体験が組織にもたらす価値
越境学習や他部署体験は、参加者である従業員個人だけでなく、組織全体に対して複数のメリットをもたらします。
従業員個人の視点拡大と成長
最も直接的な効果は、参加者の視野拡大です。普段とは異なる業務内容や文化に触れることで、自身の専門性や強みを再認識するとともに、新たな知識やスキルを習得できます。また、他部署の視点や課題を理解することで、自身の業務が組織全体の中でどのような意味を持つのかをより深く認識できるようになります。これは、従業員のモチベーション向上やキャリア開発にもつながります。
部署間の相互理解促進と連携強化
他部署で働く従業員との接点が増えることで、部署間の人間関係が構築され、相互理解が深まります。これにより、普段の業務における連携がスムーズになったり、新たな共同プロジェクトが生まれやすくなったりします。これは、まさに人事・組織開発担当者が目指す「部署間の壁をなくす」ことに直結する効果です。
新しいアイデア創出と組織の活性化
異なる背景を持つ人々や、異なる視点から課題を見た経験は、新しいアイデアを生み出す源泉となります。越境学習や他部署体験を通じて得た知見を持ち帰ることで、所属部署や組織全体に新たな視点や刺激をもたらし、イノベーション創出や組織の活性化につながる可能性があります。特に、新しいアイデアが出にくい風土に課題を感じている組織にとっては、有効な突破口となり得ます。
具体的な越境学習・他部署体験の形態
越境学習・他部署体験と一口に言っても、その形態は多岐にわたります。自社の課題や目的に応じて、適切な形態を選択することが重要です。
- 社内トレーニー・留学制度: 一定期間(数ヶ月〜1年程度)、他部署で社員を受け入れ、OJT形式で業務を体験させる制度です。期間が長いため、深い知識やスキル習得、部署文化への理解が進みます。計画的な受け入れ体制の構築が必要です。
- 部門間プロジェクトへの参画: 通常業務と並行して、他部署が主導する短期・中長期のプロジェクトに参加します。実践的な課題解決に関わる中で、異なる専門性を持つメンバーとの協業経験を積めます。
- 社内兼業・副業: 本業とは別の部署で、自身のスキルや経験を活かして短時間・期間限定で業務を兼務する形式です。柔軟性が高く、多くの社員に参加機会を提供しやすいのが特徴です。
- 社内交換留学: 同等の役職や経験年数の社員同士が、一定期間部署を交換して業務を行います。お互いの部署の課題や文化を深く理解し、改善提案につなげることが期待できます。
- 社外越境学習: 外部の研修プログラムへの参加、異業種交流、NPO活動への参画、スタートアップでのインターンシップなど、自社や同業界以外の環境で学ぶ機会を提供します。社内だけでは得られない、全く新しい視点やネットワーク構築につながります。
これらの形態は、それぞれ対象者(若手、中堅、管理職など)、目的(専門性向上、リーダー育成、部署間連携強化、新規事業開発など)、必要な期間やコストが異なります。
導入・運用のためのステップとポイント
越境学習・他部署体験制度を成功させるためには、計画的な導入と丁寧な運用が不可欠です。
- 目的の明確化: なぜ越境学習・他部署体験を導入するのか、どのような課題を解決し、どのような状態を目指すのかを具体的に定義します。「部署間の壁をなくしたい」「新しいアイデアをもっと生み出したい」といった、具体的な目標設定が重要です。
- 対象者と形態の検討: 目的達成のために、どのような層の従業員にどのような形態の越境学習・他部署体験が適しているかを検討します。若手に広く機会を提供したいのか、特定分野の専門性を高めたいのか、次世代リーダーを育成したいのかによって、制度設計は大きく変わります。
- 受け入れ体制の整備: 制度を導入しても、受け入れ部署に負担がかかりすぎたり、受け入れ側のメリットが不明確だったりすると、制度は定着しません。受け入れ部署への目的説明、受け入れ期間中の業務分担、指導担当者のアサイン、参加者の評価・フィードバック方法などを明確にする必要があります。受け入れ部署の協力が不可欠です。
- 参加者の選定と準備: 参加者の選定基準を明確にし、参加者に対して制度の目的や期待される役割を丁寧に説明します。参加前のオリエンテーションや、期待効果を高めるための事前課題を設定することも有効です。
- 制度運用中のフォローアップ: 参加者、送り出し部署、受け入れ部署のそれぞれに対し、定期的な状況確認や面談を実施します。課題が発生していないか、目的通りに進んでいるかを確認し、必要に応じて調整を行います。
- 成果の評価とフィードバック: 制度終了後、参加者の成長、受け入れ部署への貢献度、当初設定した目的達成度などを評価します。参加者本人、送り出し部署、受け入れ部署、そして制度全体へのフィードバックを行い、今後の改善につなげます。アンケートやインタビューなどを活用し、参加者の率直な声を聞くことも重要です。
費用対効果に関する示唆
越境学習・他部署体験制度の導入には、人件費(参加者の給与、受け入れ部署の指導工数)、制度運営費、外部プログラム利用費などのコストがかかります。これらのコストに対し、どのような効果が期待できるでしょうか。
- 定性的な効果: 従業員エンゲージメント向上、組織文化の改善、部署間のコミュニケーション活性化、イノベーションの創出促進、従業員の視野拡大・成長。
- 定量的な効果への接続: 上記の定性的な効果は、長期的に離職率の低下、生産性向上、新しいビジネス機会の創出、採用力の強化といった定量的な成果につながる可能性があります。
費用対効果を測るには、制度導入前後の従業員アンケート(エンゲージメント、部署間連携に関する設問)、アイデア提案数の変化、特定のプロジェクトにおける協力度合いの変化などを観察し、定量的なデータと定性的な声を組み合わせて評価することが有効です。短期的なコストだけでなく、中長期的な組織競争力強化への投資として捉える視点が重要になります。
他社の活用事例(具体的な取り組み)
大手企業では、次世代リーダー育成や組織文化変革を目的として、様々な越境学習・他部署体験制度を導入しています。
例えば、ある大手製造業A社では、将来の幹部候補層に対し、全く異なる事業部や海外拠点に一定期間派遣するトレーニー制度を設けています。これにより、自部門の常識にとらわれないグローバルな視点や、多様な事業の理解を深め、全社的な視点から物事を判断できる人材育成を目指しています。
また、あるIT企業B社では、新規事業創出を目的として、既存事業部門の若手・中堅社員を社内の別プロジェクトやグループ会社のスタートアップ部門に期間限定で参画させる制度を運用しています。これにより、既存の枠にとらわれない柔軟な発想や、スピード感のある開発プロセスを学び、新しいビジネスアイデア創出につなげています。
これらの事例に共通するのは、明確な目的設定に基づき、対象者、期間、受け入れ体制を丁寧に設計している点です。そして、制度を通じて得られた学びや経験を、個人の成長だけでなく、組織全体の知恵として共有・活用する仕組みづくりも重視されています。
まとめ:自社に合った越境学習・他部署体験をデザインする
部署間の壁、世代間ギャップ、そして組織の硬直化は、多くの企業が直面する課題です。越境学習や他部署体験は、これらの課題に対し、従業員一人ひとりの成長を促しながら、組織全体の柔軟性や連携を高める有効なアプローチとなり得ます。
自社に越境学習・他部署体験制度を導入する際は、まず自社の組織が抱える最も根本的な課題は何かを特定し、その解決に向けてどのような形態の制度が最も効果的かを慎重に検討することから始めましょう。そして、関与する全ての部署や従業員が制度の目的を理解し、協力し合えるような丁寧なコミュニケーションと体制づくりが成功の鍵となります。
ぜひこの記事を参考に、自社の組織課題解決に向けた新たなコミュニケーションの場づくり、人材育成施策として、越境学習・他部署体験の導入をご検討ください。